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聖書のお言葉
「たとえ闇の中に座っていても、主こそわが光」
旧約聖書『ミカ書』7章8節
クリスマスには光がいっぱいです。
クランツの灯火、ツリーの明かり、そしてイブの夜には各々がろうそくを手許に灯して聖夜礼拝が行われます。
このようにクリスマスに明かりを灯す習慣は、ヨーロッパの冬至のお祭りにまで遡るそうです。豊かで光に溢れた夏が過ぎ、収穫の秋も終わると、徐々に日が短くなり、寒くなります。冬至は、一年の中でもっとも夜が長くなり、太陽の光が弱くなる時なのです。このまま闇の世界になってしまうのではないか・・・そんな恐れや不安を抱いた古代の人々は、太陽を元気づけようとして、各地で盛大なお祭りをしました。特に蝋燭やランプに火を灯すことは、弱っていく太陽の光に力を与えることだと信じられていたようです。しかし、それは異教のお話し。
イエス様こそ人を照らすまことの光であると、聖書は告げています。
また、イエス様は「義の太陽」(マラキ書4章2節)であるとも言わます。そのことを信じるようになったヨーロッパの人々は、冬至の日、太陽のお祭りに代えてイエス・キリストの誕生祭を祝うようになりました。
しかし、人々は蝋燭やランプに明かりを灯すことを止めません。それは違った意味で、大切なこととされたのです。アウグスティヌスはこう言っています。
「キリストの誕生祭は昼です。私たちは自分自身が昼となるように願い求めましょう。信仰がなくて生きる時、私たちは夜です。この不信仰が夜のように全世界を覆っていましたが、信仰が育つに従ってだんだん不信仰が減ってきました。それゆえに主イエス・キリストの誕生日に日が長くなり、夜が短くなります」
クリスマスに灯されるたくさんの明かりは、イエス様の救いを知る人々が暗闇の中で灯す恵みの光なのです。
あなたがたは世の光であると、イエス様はおっしゃいました。
ヨーロッパでは、クリスマスの夜には窓辺に蝋燭を灯す習慣があります。それは闇路を彷徨う人々が導かれることを願ってのことです。私たちも闇路を往く人達のことを祈って、イエス様が私たちに与えてくださった恵みの光、信仰の光を灯したいものです。
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