エステル物語 05
「モルデカイとハマン」
Jesus, Lover Of My Soul
旧約聖書 エステル記 2章19節-3章15節
王の命を救うモルデカイ
 前回は、エステルがペルシアの王妃となったお話しでした。今回はそのエステルの育ての親であったモルデカイのお話しです。

 「再び若い娘が集められた時のことである。モルデカイは王宮の門に座っていた。」(19節)

 エステルが王妃となった後、もう一度若い娘たちが集められたとあります。エステルという素晴らしい王妃を得たのに、どうしてそんなことをする必要があるのかと思いますが、北朝鮮の金正日も喜び組なる美女団を侍らせておくのが趣味のようで、権力者というのはいつの世でも好色家が多いようです。ペルシア王クセルクセスもその一人だったのかもしれません。

 あるいはこういう解釈もあります。ペルシア帝国のナンバー・ツーであったハマンが、王様を酒と美女に溺れさせ、腑抜けの愚人に仕立てあげて、実質的な権力を掌握しようとしたのだというのです。この手の話は『三国志』の中にも、司馬遼太郎の『国盗り物語』にも出てきます。ハマンというは権力欲の塊のような男ですから、こういう解釈もさもありなんというところでしょう。

 さて、モルデカイの話です。モルデカイは、「王宮の門に座っていた」とあります。用もなく座っていたというのではなく、モルデカイが何らかの官職にあって、その任務を果たすために門に座っていたということのようです。そのモルデカイの王宮での務めが何であったかは書かれていません。単純に想像すれば、門衛だったのではないでしょうか。
 
 ともかくモルデカイが王宮の門に座っていると、そこに彼がいるとは知らずに王の側で仕えている二人の宦官が何やらひそひそと秘密の話をしていました。モルデカイはその様子が気になって、こっそりと二人の話を盗み聞きします。そして、思いがけず彼らが王の暗殺を企てているのを知ったのです。

 王様の命を救わなくては、と思ったモルデカイは、秘密裡に急ぎエステルに連絡し、エステルはその情報を王様に告げました。このモルデカイの機転によって、二人はただちに逮捕され、取り調べを受け、暗殺計画は明るみに出され、処刑されたのでした。(21-23節)

 ところで、ここでちょっとした神様の御手が働きます。王の命を救ったモルデカイの功績は、ちゃんと宮廷日誌に記録されはしたものの、何の報償も与えられないまま忘れられてしまったのです。これは何でもないことのようですが、後で大きな意味をもってきます。そして、ユダヤ人の危機を救うきっかけとなるのです。

 モルデカイにしてみれば、自分の功績が忘れられてしまうということは悔しいことだったに違いありません。しかし、それをことさら騒ぎ立てなかったモルデカイは、神様が知っていてくださるということで満足する人だったのだろうと思います。それがイエス様の言うところの「天に宝を積む」(マタイ福音書6章20節)ということになるのではないでしょうか。 
ナンバー・ツーのハマン
 ところで、この事件の背後ではハマンが糸を引いていたという解釈があります。

 ハマンは王様に継ぐナンバー・ツーの地位にいました (3章1節)。それは、決して彼が良い家臣であったからとは限りません。彼が欲しいのは富と力と名誉でした。そのために、王様をたくみに利用して、自分の地位を築いてきたのです。こういう人が最後に望むのは、ナンバー・ワンになることです。自分の手を汚さずに今の王様を殺し、自分の思い通りになる王様を立てたらどうでしょうか。ハマンは、暗殺者とはまったく関係ないように装いながら、実は暗殺計画の黒幕だったかもしれないのです。

 ところが、良くできたと思ったその計画も、小癪なモルデカイのお陰でそれは失敗しました。ハマンは慌てました。自分が陰で糸を引いていたことがばれたら大変なことになります。この事件は取るに足らぬ些細な事件であったという印象を与え、自然に闇に葬ってしまいたかっただろうと思うのです。それで本来、ハマンが王に忠言すべきモルデカイへの報償もあえて省略したという想像もできると思うのです。

 いずれにせよ、ハマンにはそういうことをする実権がありました。ハマンに頭が上がる人物は誰もいませんでした。2節をみますと「王宮の門にいる役人は皆、ハマンが来るとひざまずいて敬礼した」とあります。しかも、それは「王の命令であった」と。
モルデカイの不敬事件
 ところが、ただ一人だけハマンに決して頭を下げない人物がいたのです。それがエステルの育ての親モルデカイでした。

 「王宮の門にいる役人は皆、ハマンが来るとひざまずいて敬礼した。王がそのように命じていたからである。しかし、モルデカイはひざまずかず、敬礼しなかった。」(3章2節)

 「モルデカイはひざまずかず、敬礼しなかった」とあります。多少の礼はしたのでありましょう。しかし、土下座まではしなかったというのです。

 有名な内村鑑三の不敬事件もそうですが、内村はまったくおじきをしなかったわけではありません。多少のおじぎをしたのですが、他の人々のように深々とはお辞儀をしなかった。明らかに意図的に浅く礼をしたのです。内村は、教育勅語というのはお辞儀をして敬うのではなく、実行することこそが敬うことになるのだと答えたとそうです。

 モルデカイも同じであったかも知れません。王様に対する暗殺計画を阻止しようとするくらいですから、王様への忠誠心は深いのです。しかし、王様の言うことならなんでもきくということが、本当の意味での忠誠心だとは思いませんでした。ハマンのような男に追従していたら、この国は駄目になってしまう。モルデカイはそのくらいのことを考えていたかもしれません。しかし・・・

 「ハマンは、モルデカイが自分にひざまずいて敬礼しないのを見て、腹を立てた」(3章5節)

 この世においては上に立つ人と下に仕える人がいますけれども、それはこの世に於ける役割に過ぎず、人間の偉さとは直接関係のない事です。自分が人より偉い人間だなどという思い上がりがあるから、腹が立つのです。

 それにしても、ハマンは完全にたががはずれていました。自分は誰よりも偉い人間だと思い上がっていました。そして、自分に頭を下げない人間は皆殺しにしてもよいとまで思いました。

 「モルデカイがどの民族に属するのかを知らされたハマンは、モルデカイ一人を討つだけでは不十分だと思い、クセルクセスの国中にいるモルデカイの民、ユダヤ人を皆、滅ぼそうとした。」(3章6節)
ユダヤ人の迫害
 
 ハマンはモルデカイへの憎しみをユダヤ人全体に向けました。それほどユダヤ人というのは、ハマンにとって不気味な存在だったのです。

 ユダヤ人は、亡国、離散という悲運の中で他国の中に寄留していながらも、自分たちの宗教と仕来りを頑なに守り続けてきました。それがしばしば他国人には奇異に映り、摩擦の原因にもなりました。さらに不思議なことに、ユダヤ人人口は世界で1500万人で、世界人口60億の0.25%に過ぎないもかかわらず、ノーベル賞受賞者の20%、また世界億万長者400人のうちの60人(15%)がユダヤ人なのです。アインシュタイン、カール・マルクス、フロイトなどもユダヤ人です。世界最大の金融財閥ロスチャイルド家、シェル石油マーカス・サミュエル、通信王ロイターもユダヤ人です。このようなことから、ユダヤ人が金融を支配しているとか、メディアを支配しているとか、世界制覇をたくらんでいるとか、根も葉もない陰謀説がまことしやかに語られたりします。 

 なぜ、ユダヤ人がこのように成功するのか。本当に不思議です。やはり、ユダヤ人は神様に選ばれた特別な民なのだと、私も思います。しかし、それだけではなくこういう説もあります。ユダヤ人というのは幼い頃から聖書を教え、聖書を中心とする全人格教育に力を入れています。そのためにユダヤ人の識字率は非常に高いそうです。あるアメリカの統計学の研究で、自国語をどのくらい正確につかい、語彙の豊さを示す数値と収入の多さは比例するという結果があるそうです。また、最近のニュースでは、読書が頭脳の働きを活発にするということを脳波の研究から報告していました。こういうことからして、聖書を大事にし、聖書教育に力を入れるユダヤ人が、色々な分野でも成功するのは当然だというのです。

 いずれにせよ、ユダヤ人は常に妬みと偏見の犠牲者となってきたのでした。ハマンも、モルデカイ一人を処罰しても問題は終わらない、この際にユダヤ人を皆殺しにしてしまおうと考えます。それで、ユダヤ人がいかに王国にとって危険な存在であるかということを王様に旨いことをいって、ユダヤ人虐殺の全権を受けたのでした。 
ハマンの策略
 さて、ハマンはユダヤ人虐殺の計画を立て、その実行日をくじ(うらない)で決めました。 

 「クセルクセス王の治世の第十二年の第一の月、すなわちニサンの月に、ハマンは自分の前でプルと呼ばれるくじを投げさせた。次から次へと日が続き、次から次へと月が動く中で、第十二の月すなわちアダルの月がくじに当たった。」(3章7節)

 プルというのがどんなくじなのか分かりませんが、11ヶ月後の12月が実行日だと決められたのでした。ハマンは計画を立て、王様にユダヤ人虐殺の許可を受けに行きます。

 「お国のどの州にも、一つの独特な民族がおります。諸民族の間に分散して住み、彼らはどの民族のものとも異なる独自の法律を有し、王の法律には従いません。そのままにしておくわけにはまいりません。 もし御意にかないますなら、彼らの根絶を旨とする勅書を作りましょう。わたしは銀貨一万キカルを官吏たちに支払い、国庫に納めるようにいたします。」

 銀貨一万キカルは40億円にもなると言われています。王様はハマンが自分のためにそれだけのお金を投げ打ってくれるということに感動したのでしょう。すべて、ハマンの好きなようにするようにと許可を下したのでした。自分の指輪(印)まで、ハマンに預けたようです。ハマンはそれで好きなように勅書をつくり、ユダヤ人虐殺のおふれを出しました。

 「急使はこの勅書を全国に送り届け、第十二の月、すなわちアダルの月の十三日に、しかもその日のうちに、ユダヤ人は老若男女を問わず一人残らず滅ぼされ、殺され、絶滅させられ、その持ち物は没収されることとなった。」(3章13節)

 こうしてペルシア帝国は、ユダヤ民族撲滅のために国を挙げて取り組むことになったのです。
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